株式会社ドワンゴを退職しました

この度、一身上の都合により株式会社ドワンゴを退職いたしました。
退職にあたり、様々な方にご迷惑、ご心配をおかけし、大変申し訳ございませんでした。


思い起こせば、2007年4月に入社してから約5年間、私の人生はニコニコ動画と共にありました。


2007年当時、半ニートのような生活を送っていた私は、「2ちゃんねる求人」という奇妙でユーモラスな採用活動に惹かれ、その第一期生として株式会社ドワンゴに入社しました。面接の場で、「好きな2ちゃんねるの板は?」と聞かれたのは、今でも印象に残っています。

入社して早々、まだ生まれたての動画共有サイトの開発チームに配属されました。当時はまだ(β)から(γ)に変わった頃の時期で、開発チームも数人とごくごく小規模。私は、初めての社会人経験で、目の前の事を片付けるのに精一杯でしたが、先輩方と同僚に恵まれ、日に日にWebサイト開発にのめり込みました。

当時の様子を思い起こすと、まさにカオス。暗い会議室で数人が頭をつきあわせ、BGMとミラーボールが回る中、会議をしたこともありました。ゲーム音楽をBGMにするとしばしば会議が中断して、しまいにはどのFFナンバータイトルが一番好きか、という話題で盛り上がるなどしたため、最終的にはゲーム音楽は禁止になりました。

今でも、あの雰囲気が懐かしくなる事があります。そこには、「熱」がありました。

サイトが成長するにつれて、アクセス数との闘いの日々が続きます。続々と心強いメンバーも参戦し、後輩もできました。タスクに追われる日々でしたが、成長するWebサイトを支え伸ばしていく作業は、やりがいがあり、充実感が伴うものでした。時には寝食を忘れコードを書き、時には急な障害に慌てて対応し、時にはサービスインの反応を楽しみました。ニコニコ動画は人生の一部となっていました。

気がつけば数年が経ち、生放送が開始し、静画が開始し、ニコニコはこれまでにないほどに成長しました。私は私で、ニコ動開発の傍ら、ニコニコアプリの立ち上げに開発リーダーとして関わりました。その後もニコ動とアプリの二足のわらじで、あっぷあっぷ言いつつ楽しい日々を送りました。

ニコニコ超会議で、エンジニアの一人として舞台に立ち、粉雪を歌ったのを覚えています。観客席には、今まで見えなかったユーザー1人1人の顔がありました。私たちは、こんなにも人々を惹きつけるサイトを作っているんだ、こんなにも多くのユーザーに支えられているんだ、という感動と、そして誇りで胸がいっぱいになりました。今まで生きてきた、一つの意味を見た思いでした。



退職する理由を聞かれるのですが、答えに窮します。それは、自分の中でもまだ消化できていないからです。あえて言うとすれば、私の中でニコニコ動画は大きくなりすぎました。納得する答えではないと思います。

ドワンゴは良い会社です。私の周りの人々は皆、志を持ち、意欲をもって難題に取り組んでいました。尊敬してやみません。あの時、ドワンゴ2ちゃんねる求人に応募した事は、人生で最良の選択だったと思います。

見守って下さった上司の皆様、一緒に仕事をした同僚の皆様、そしてニコニコ動画を支えてくださったユーザーの皆様に厚い感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

この場を借りて、退職の挨拶と代えさせて頂きます。

齊藤 宏多